ひと目でピンとくる 伝わる写真の撮り方

証明写真撮影会のセッティング

はじめに

Z Entertainment株式会社から従業員の証明写真の撮影を行いたいと依頼をいただきました。当初は私が写真を撮影しようかと思っていたのですが、よくよく話を伺ってみると3日間かけて全従業員100人の写真を撮影する必要があるとのこと。残念ながら私が3日間まるごと時間をとることができなかったので、今回は私自身が撮影することは断念。その代わり、撮影場所と機材のセッティングだけを行い、撮影そのものは同社の方にお願いすることにしました。

と聞くと、ただの機材レンタルとセッティングだけで「後はよろしく」と丸投げしているように感じるかもしれませんが、そんなに簡単なことではありません。この記事では「自分以外の人が撮影する環境」を準備するにあたっての注意点を解説します。

会場のセッティング

撮影会場はオープンコラボレーションスペース「LODGE」の一角。同社がこの場所でイベントを行うことになっており、イベント当日に集まった従業員をそのままの流れで撮影できるようにしたいという要望でしたので、この場所にセットを組むことになりました。

よくあるビジネスポートレートではなく、今回は証明写真撮影ということですので、無背景にするためにホワイトのバックペーパーをセットします。画角はバストショットなので、被写体の背後だけにペーパーをセットすればいいわけですが、木目床の映り込みの影響をなくすためにペーパーを足元まで伸ばしています。

ライティングは左右対称。被写体の左右上方からソフトボックスでストロボ光を照射します。長辺120cmと比較的大きめのソフトボックスを使うことで、被写体全体を回り込むような「やわらかい光」を作ります。被写体背後にセットしたアンブレラをバックペーパーに向けて照射することで、背景に明るいグレーグラデーションを作ります。

ポートレートライティングでは、被写体上部と下部から光を当てる「クラムシェル」と呼ばれるストロボ配置が一般的です。ですが、この配置は安全のために採用しませんでした。というのも、上部ストロボを通常のライトスタンドで立てようとすると被写体の正面に設置することになってしまい、そうなるとスタンドが画角に入り込んでしまうので撮影の邪魔になります。そのため、クラムシェル型配置を作りたい場合は被写体の左右どちらかにスタンドを立てて、アームを伸ばしてライト本体だけを被写体上部に配置する必要があるのです。

高い位置で重いライト本体をアームで横方向に伸ばしているので、スタンドそのものが不安定になります。もちろん転倒防止のためにスタンドの足の部分にウエイトを置いたりするわけですが、不安定なことには変わりありません。私自身が現場にいるのであれば問題ないのですが、私が不在の現場で、しかも100人もの被写体がひっきりなしに出たり入ったりしているとなると、誰かが足をひっかけたり頭をぶつけたりしてスタンドを転倒させてしまうリスクがけっこう高くなります。

そこで、安全のためにクラムシェル型配置はやめて、左右からはさみ込むような配置でライトをセットしました。左右の光量差もあえてつけませんでした。被写体が左右どちらに向いて座るかわからないため、あえて陰影をつけることはせず全面フラットなライティングとしました。

理想を言えば被写体の斜め後ろから被写体に向けて光を照射して、髪や肩のエッジをキラキラ光らせるエッジライト(逆ライト)を仕込みたいところなのですが、被写体の座り位置をコントロールできない環境で正しくエッジに光を当てられない可能性が高いので、今回は省きました。

フールプルーフとフェイルセーフ

今回のセッティングのコンセプトはフールプルーフとフェイルセーフです。

フールプルーフ
人がミスをしようと思ってもできないようにする工夫

フェイルセーフ
ミスが起こることを前提として安全に稼働させるための工夫

今回は私が現場におらず、撮影を担当する人はカメラの扱い方を知らない人で、それでいて100人もの人がやってくる現場です。想定外のことが起きることを前提とした準備が求められます。想定外のことが起こった結果、何がどうなるのか。細かくはいろいろありますが、突き詰めると以下の3点です。

1.うまく撮れない
2.機材が破損する
3.ケガをする

様々な機材を操作する必要があるため、ちょっとした操作のミスで意図した写真が撮れないということが容易に想像できます。例えば絞りやシャッタースピードの設定を間違えるぐらいだったらまだしも、フォーカスの設定が間違って全ての写真がピンボケということもありえます。

ライトや背景スタンドなどに引っかかって転倒させてしまい、ソフトボックスが曲がったりライトが割れてしまったりする可能性もあります。

でも、何よりもまずいのはケガです。仮にうまく写真が撮れなかったとした場合、ものすごくコストと手間がかかったとしても、後日写真を撮り直することもできなくはありません。壊れた機材もお金を出せば買い直せます。でもケガだけは取り返しがつきませんので、絶対に避けなければなりません。

ということで、今回の撮影に際してのフールプルーフとフェイルセーフの工夫を紹介します。

まず大前提として今回の撮影機材について。照明機材は私からの貸し出しですが、カメラ本体は依頼元に用意いただきました。キヤノンのEOS 80Dです。2016年発売の機種ですが、今でも十分使える素晴らしいカメラです。

今回このカメラをセットアップするわけですが、さすがにカメラ本体は3日間の撮影期間中ずっとこの場所に置きっぱなしというわけにはいきません。会場はコワーキングスペースですので、撮影に関係ない人たちも出入りする場所です。スタッフが常駐している時間帯はいいのですが、その日の撮影が終わって翌日の撮影が始まるまでの間はスタッフ不在になるので、盗難のリスクも考えなくてはなりません。盗難とまではいかなくても誰かが興味本位で近づいてきて触ってしまう可能性だってあります。そのため、カメラ本体だけは撮影が終わったら外して別場所に片付けて、翌日の撮影開始前には同じようにセットし直してもらう必要があります。

フェイルセーフの考え方からすると、カメラ本体の着脱はセッティングによるミスを誘発するリスクがあるため本来好ましくはないのですが、盗難・破損というより上位のクリティカルなリスクを回避するため、あえて毎日着脱するようなオペレーションとしました。

照明はコメットのモノブロックストロボ「TWINKLEシリーズ」です。クリップオンストロボをリモートトランスミッタで発光させるという選択肢もなくはないのですが、電池交換やリモート信号不調による不発光などのリスクを避けるため、AC電源を供給できて発光信号をシンクロケーブルで有線接続できる同機種を選定しました。そもそもコメットのモノブロックは頑丈で動作の安定性が高いのも大きなメリットです。

ストロボは熱による発火のリスクを考えてモデリングライトはオフ。撮影終了時は各ストロボの電源をオフにしてもらうだけでなく、上記写真左上の写真のように床下コンセントから電源ケーブルを抜いてもらうようマニュアルに記載しました。

右上の写真はカメラの電源カプラです。通常はバッテリーで駆動するカメラをAC電源で給電するためのアダプタです。バッテリー交換という作業が入ることによって何かのはずみで電源が入らない、交換時に三脚の位置がずれるといったことがないようにします。

この他、カメラ本体のセットアップ時に迷うことのないよう、レンズキャップの場所、ストロボシンクロ接点ホットシューアダプタの接続方向、HDMIケーブルを指す場所などを明示するために、カメラ本体に白パーマセルテープを貼り付けて注意文言を書き込みます。

操作ミスが起こらないように工夫することも大切です。例えばズームレンズを動かしてしまって画角が変わってしまったり、フォーカスが狂って全ての写真がピンボケしてしまったりする可能性があります。そのため、左上の写真のようにレンズのフォーカス切り替えスイッチをAFに、ズームリングの焦点距離を50mmあたりに設定して、パーマセルでぐるぐる巻にして動かせないようにします。

カメラの撮影モードもPやAvなど外部環境で可変要素のある設定だと、意図せず露出オーバーやアンダーになってしまう可能性があるので、あえてMモードでISO感度、シャッタースピード、絞りを固定します。

三脚やカメラの高さなどは固定して動かないようにしているのですが、被写体の方は座高の高い人/低い人、座る位置も右向き/左向きと人によって様々なので、若干の画角調整は必要になってきます。そのため、今回の三脚には一般的な3Way雲台ではなくギア雲台をつけました。3Way雲台だとちょっとした画角の調整はコツが必要で、下手したらねじ締めが緩すぎてカメラがガコンと傾いてしまったりする可能性もあります。その点、ギア雲台だとダイヤルをくるくる回すだけでちょっとした微調整を簡単に行うことができます。この写真の下段のように水平、垂直を調整するダイヤルにわかりやすく「上下」「左右」と書き込んでおきます。カメラの傾きを調整するダイヤルは触られてしまうと水平が崩れてしまうので、動かせないようにテープでガチガチに固定して「さわるな」と記載しています。

ライトスタンドは足をひっかけても転倒しないように、足元にウエイトを置いて固定。ストロボの照明ON/OFFの時に間違って出力ダイヤルを動かしたりしなように、ダイヤルをテープで固定します。

万が一何かのはずみで機材を規定の位置から動かしてしまった場合でもすぐ元に戻せるように、全ての機材にバミリを入れています。左下の写真の椅子の足元、そして両サイドの黒いライトスタンドの足元に緑色の養生テープでバミリが入っているのが確認できると思います。

セットの中には多くの人が出入りを繰り返すわけですから、何かのはずみでソフトボックスやアンブレラに当たって照明の向きが変わってしまうことも考えられます。そのため、万が一照明の向きが変わってしまっても元に戻せるように、右下の写真のようにスタンドと灯体の位置合わせの印を入れておきます。

ということで一通り準備完了。問題なく撮影が行えるか確認するために、自分自身が被写体になりきってウォークスルーテスト。リモートシャッターを使って被写体側からシャッターを切れるようにして、私自身が実際にスタンドインして写真を撮って出ていく一連の流れを試してみました。撮影した写真そのものは背景やライティングなど含めて問題ないのですが、被写体の出入り導線がちょっとだけ気になりました。

このセット、被写体の方はカメラ側から向かって右側から出入りしてもらう必要があります。カメラ側の真正面からも出入りできそうに見えるのですが、そうすると高確率で照明のソフトボックスやライトスタンドにひっかかってしまいます。案内看板を出すことで基本的には正しい位置から出入りしてもらえるとは思うのですが、一つだけカメラ側から出入りしたくなるシチュエーションが思い浮かびました。それは撮影後のプレビューのタイミングです。

撮影を終えたあと被写体の方は「うまく撮れてる?」「どんな感じ?」と撮影結果が気になると思うのです。特に今回カメラを操作するのは依頼元の社員の方ですから、同じ会社の仲間が写真を撮っているとあれば、なおのこと気軽に「どう?うまく撮れた?見せて?」みたいなやりとりになると思うのです。当初のセットではプレビューのことを考えていなかったので、もし前述のようなやりとりになるとカメラの背面液晶で確認してもらうしかなくなります。そうなるとセットとカメラの間の往来が発生して、セットにひっかかってしまう可能性が高まります。そういったリスクをなくすために、この写真のように撮影画像のプレビュー用の液晶モニタを追加で設置しました。

被写体の待機場所にはこのようなグッズを置いておきます。全身をチェックできる大きな姿見の鏡、写真のような小型の鏡、衣服のホコリ取り用の小型コロコロ、顔のテカリを抑えたり鼻をかんだりしてもらうためのティッシュなどなど。

これらを準備するのは被写体の気持ちになったホスピタリティの一環のように感じるかもしれませんが、実はこれらも広義では安全に撮影を行うための用意です。被写体の人たちは写真を撮られるとなると髪型や化粧などが気になってしまうものです。近くに鏡などがないと「ちょっとトイレで確認してくる!」みたいなことにもなるかもしれません。

また、実際に撮影してみて髪の乱れや服のズレなどで撮り直しなどする場合も、正しく直せているか気になってしまうと思うのです。そうなると、どうしてもセットの周辺で被写体の方がいろいろ動き回ってしまうものです。人が動くとセットに当たってしまう可能性が高まってしまうので、なるべくスッとセットに入ってスッと出ていただくのが理想的。そのためには動きたくなる要素をなるべく事前につぶしておく必要があります。身だしなみの確認もそういった事前準備の一環です。

セッティングの様子を動画で撮影していたので参考までに。セッティングにかかった時間は1時間程度。これをギュギュッと早回しで1分にまとめてみました。

撮影担当へのレクチャー

こうして撮影準備が整ったところで、実際に当日撮影を担当する方にレクチャーを行います。今回は以下のようなマニュアルを紙に印刷。私がいろいろ話す前にまずこの紙を手渡しました。

【セットアップ編】

1.倉庫からカメラバッグを運び出す
2.床下コンセントに電源タップを2本つなぐ
3.カメラをバッグ取り出し電源カプラをつなぐ
4.カメラを三脚につける
5.カメラの左側面のコネクタにHDMIケーブルを差し込む
6.ライト4台の電源すべてONにする
7.カメラの電源をONにする
8.レンズキャップを外す
9.椅子に誰か座らせて、試し撮りしてみる
10.試し撮りの結果問題なければ準備完了

【撤収編】

1.カメラの電源をOFFにする
2.レンズキャップをつける
3.ライト4台の電源を全てOFFにする
4.床下コンセントから電源タップを抜く
5.カメラ左側のコネクタからレリーズを抜く
6.カメラを三脚から外す
7.カメラから電源カプラを抜く
8.カメラをバッグに入れる
9.カメラバッグを倉庫に置く

【撮影編】

1.モデルに社員証を外してもらう
2.モデルに鏡を見てもらって自分なりに問題ないか確認してもらう
3.セット向かって右側からモデルを入れる
4.モデルはカメラ側を向いて椅子に座ってもらう
5.ファインダーを覗いて画角を確認
6.(3で画角が合っていなかったら)画角をあわせる
 →三脚の「上下」「左右」ギアを回す
7.画角が合ったらシャッターボタンを押す
8.プレビューボタンを教えて撮影した画像を見る
 <チェックポイント>
 ・目をつぶっていないか
 ・髪の毛がくしゃくしゃになっていないか
 ・服にシワがよっていないか
 ・メガネにライトがテカっていないか
9.問題がなくなるまで撮影を繰り返す
10.問題なく撮れたら終了
11.社員証を置き忘れないように声をかける

細かく説明する前にいきなりハンズオンです。セットアップの順番にやっていただき、その都度「倉庫はここです」「床下電源はここです」と伝えます。そうすることで担当の方は一連の流れで自分がひっかかるところを自覚しながら段取りを進められるので、注意点をメモしながら確認を進められます。

まとめ

そのような感じで撮影を託した結果、特に問題が発生することなく、予定通り3日間で100人弱の証明写真を撮り終えることができました。

ちなみに、こちらは事前準備段階のライティングテストで撮影した私自身の写真です。リモートシャッターを使って自分自身でシャッターを押しています。表情が微妙で髪が若干ボサボサしているのはさておき、明るさや被写界深度などのバランスはしっかり仕上がっているのではないかと思います。

今回は自分で撮影するのではなく、カメラに詳しくない人でも失敗することなく撮影できるようにセットを組んでみたわけですが、いかがでしたでしょう?想像以上に手間がかかっていると感じていただけたのではないかと思います。むしろ時間が許すならば自分で撮影した方が楽だったかもしれません。

最後に、撤収シーンも動画に撮ってみました。こちらも40分程度のムービーをギュギュッと早回しで1分にまとめています。

みなさんも、もし自分ではない誰かのために撮影のセットを組むことがあれば、その時は「自分が撮れるセット」ではなく「実際に撮影する人が失敗せずに撮れるセット」とはどういうものかを想像してセットアップされることをお勧めします。

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